パリ・ニース(+モナコ、サンレモ)旅行記 ⑥サンレモ編

2023/11/08~22 記


初ヨーロッパのわりに旅程が小慣れているのは通っているフランス語教室の講師が旅程を一緒に練ってくれたおかげだ。日帰りでイタリアまで足を伸ばせるよと教えてくれたのも彼である。そうして訪れたこのサンレモという街こそ実は熱海の姉妹都市らしいのだが、行き道は少し緊張感を伴った。国境を越えたVentimigliaという駅での乗り換えが遅延で間に合わなかったうえインターネットも繋がらなくなってしまったのだ。窓口に30分近く並んで次の電車の時刻を聞くとさらに1時間後とのこと。少し歩いてみたが何もなく、仕方なく待合室にいると突然「ボンジョルノ!ボンジョルノ!」と大声で言いながら誰かが入ってくるので驚く。大柄な女性で服にはPOLIZIAと書かれていた。イタリア語はわからないが、どう考えても警官である。

時勢もあったのか国境付近での身分チェックがそれなりに入念に行われているようで、私も他の旅客に倣いパスポートを提示した。私がイタリアで初めて関わった人間は駅員、そして警官だったというわけだ。英語は通じるのだが、フランス語と違って全く分からないイタリア語に囲まれるのは想像以上に不安だった。飛行機で海を越えないと外国に行けない日本人の感覚からすると、見えない境目を越えた途端に言語もインターネットの接続も変化する陸続きの異国というのは不思議で面白くもあった。なんとか頭を働かせてローミングの設定がオフになっていることに気がつき、無事インターネットを復活させてサンレモまでたどり着くことができたのだった。


まだパリ滞在の出来事まで遡れていないのに、もう旅のムードが身体と頭から遠のいてしまって寂しい。サンレモの話をあと少し続ける。

到着すると既に午後になっていた。サンレモでの目的はシンプル、パスタとジェラートである。折りたたみ傘をさして雨の新市街を抜け、旧市街にあるLa Ciotolaというレストランに到着した。店先でいかにも暇そうにしている店員に不安を抱きつつも話しかけると、誰も客のいない店内に通され席を選ばせてくれた。棚に並ぶ小物や壁にかかっている時計が古めかしくて可愛い。コートを脱ぎカメラと荷物を肩からおろすと、店内の温かな生活感に包まれて緊張が緩むのを感じた。思えば旅行中、リラックスして食事できたのはここだけだったかもしれない。先ほどの店員が「チャオチャオ。雨で客が来ないんだ」と言いながら英語のメニューを持ってきてくれる。おすすめは?と尋ねるも「これは美味しい。これも美味しい……」と言う部分しか聞きとれず「じゃあ、最初ので」とてきとうに注文してしまった。

物腰の柔らかい青年風のその店員は「このお水は無料だから安心して」とか「どこから来たか聞いてもいい?」とか、細やかに気を遣って話しかけてくれた。ワインと共に運ばれてきのはトマトソースのかかったラビオリ。座布団みたいなパスタで、かじると生地に包まれたバジルとチーズ風味の挽肉が出現する。洋風餃子があるとしたらこんな感じだろうか。もちっとしていてほっとする美味しさ。食後に人生で初めて飲んだエスプレッソも美味しかった。窓から雨が降るのを眺めてしばらくぼんやりとした。先の店員にお会計を頼むと、彼は"If you want."と洒落た言い回しで残念そうな素振りをしてみせた。旅行者とは身勝手なもので、頼まれてもいないのにすっかりこの店を通してイタリアに愛着を抱いてしまったのだった。

ラビオリに挽肉が入っているというのは記憶違いかも

エスプレッソ

サンレモの街の愛すべき美点といえばいかにもヨーロッパの旧市街といった風な石造りの建物を縫って石段を登って行くと最後に小さく静かな聖堂に辿り着くところだと思う。これが展望台だけでも味気ないしあまりに立派な建物があっても白ける。建物と道が一体の塊となった、夢にみた迷路のような街を歩きながら脳裏に浮かんでいたのはジブリとディズニーの影だった。宮崎駿とディズニーランドによる"ヨーロッパ"のイメージなしにここに訪れることができた人は幸運だ。もっとも私はオルセー美術館でも、これらの絵を誰が描いたかも、存在すらも知らずに本当に初見でみることができていたらどんなに素晴らしかっただろうと悔しく思ったぐらいなので、欲張りなのだと思う。

石造りの旧市街

マドンナデッラコスタ教会。強そうな名前

旅先で雨が降った町の姿を見ることができるのはむしろ嬉しい

「イタリアのジェラテリアジェラート」という響きにうっとりとしてつい何味だったか忘れてしまった 白はココナッツだったような

「イタリアのジェラテリアジェラート」という響きにうっとりとしてつい何味だったか忘れてしまった 白はココナッツだったような